初めて犬を飼う人に贈るノンフィクション童話【犬をかうということ – 8 /8】

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フォルテの起こした きせき

 この頃、鼻の左のところや口の上のところが、変な感じ。何か ひっかかってるのかなぁ。

 新しい動物病院に行って、口の中に注しゃをした。ものすごく いたくて、「ギャン」って ないちゃった。しばらくしたら、口が思ったように動かないし、口じゃないみたい。お医者さんが、ボクの口の中で何かしている。血の味が ちょっとした。

 家族みんな、元気が無い。心配そうに ボクを見て、だっこしたり、なぜたりしてくれる。どうしたんだろう。初めて聞く、『ガン』って言葉を何回か言ってる。

 口の中が はれてきて、食べ物が だんだん ゴックンって できなくなってきた。ダイエットって、これなのかなぁ。

 車に、長~く、長~く、乗って、この前と ちがう動物病院に着いた。消どくのする お部屋に入って、少ししたら、ボクは、ものすごく ねむくなって、起きていられなくなった。ねて起きたら、ママ達が、心配そうに のぞきこんでた。口の中が はれてなかった。 でも、ボクは、二つ おとまりになった。口の中が いたくて、さみしくて、会いたくて、ずっとずっと 鳴いてた。「会いたいよぅ。」「むかえに来てよぅ。」「ボクの鳴き声、気づいてよぉ。」

 やっと、ママ達が来た。お医者さんが、

「手じゅつは成功したのに、一ばん中 鳴いていて、鳴きすぎて死ぬんじゃないかと思いましたよ。」

って 話してた。ボクは、だっこしてもらって帰る時、「ワンッ!」っていう元気は出なかった。

 あきらめたくは なかった。なんとかして助けたかった。めんえきりょう法、ガンをふやさず体力をつける食事、プロポリス、こうガンざいの点てき、…でも、また、口の中のガンは大きくなり、はいにも見つかってしまった。治りょうや薬で、ものすごくだるいはずなのに、自分でも いつもとちがって 不安なはずなのに、フォルテは ものすごくがんばった。ガンが大きくなりすぎて、顔の形が変わり、歩く時、バランスが取れなくて、ヨロヨロ歩いたり、冷ぞう庫に重いほっぺをおし付けて立ったりしていた。好きなチーズやプリンも食べられなくなった。液体の栄養ざいと お水を はりの無い注しゃ器に入れて、口の横側に むせないように流し込んだ。それでも、おしっこやウンチを自分で、トイレシートで しようとした。このころから、ねていても、フォルテが目を開ければ、安心するように、また急変に気づけるように、フォルテの横のソファで ねることにした。

 むすめは、歩けなくなったフォルテを シャワーで あらってあげた。頭の下にバスタオルを丸めて しき、弱く やさしく、細心の注意をはらって。シャワーがきらいだったフォルテが、「なんて気持ちいいの。シャワーって、こんなに気持ち良かったんだね。」って言っているみたいな、おだやかな顔をしていた。

 県外にいる息子から フォルテに、よく電話が かかってきた。いつも電話を耳にあてて 話をしていた。その日は、いつもと ちょっと様子が ちがっていた。

 「フォル、大じょう夫? がんばるんだよ。また会いに行くからね。」

 「ワオオォン。ワォンォン。ゥオンゥオン。……。」

 弱々しい声で、でも ずっとやめようとしない。フォルテの話が ずっとずっと続いた。まるで、「ボクね、ずっと がんばったんだけど、もうダメそうなんだよ。もう がんばれないかもしれないんだ。今まで ありがとうね。」そう言っているようだった。

 次の日、息子の あの電話の二日後、むすめと動物病院に連れて行く車の中で、私の腕の中で、むすめに見守られて、フォルテは15才で旅立った。

 きせきを残して。

 動物病院で、かわいいワンちゃんやネコちゃん、お星さま、天使の絵が かいてある、シルバーの小さなひつぎにフォルテを入れてもらって、動物病院を出た時だった。空が一面、金色で、下から上へ光が広がっていた。

 “エンジェルズ・ラダー” 天使の はしご

 雲間から光がカーテンのように さし込む光景。たいていは、上から下に光が広がる。フォルテと車に乗っている時、何回か そうぐう(たまたま あうこと)したことが あった。つらいことが たくさん ある時で、それを見た時、「すご~い! きれいだねぇ。元気もらえるね。」と、見る度に話していた。きっと、それを フォルテが聞いていたから。知っていたから。覚えていたから。

 「ボク、行くね。ありがとう。応えんしてるからね。」のサインなんだよね。

 すごいよ、フォル‼

 今でも毎日フォルテは いっしょ。「フォル、おはよう。」から始まって、フォルテの好きな食べ物があると、一口、フォルテの好きだったお花も、あの時とったエンジェルズ・ラダーの写真と、元気なフォルテの写真の前に。毎日のように、話にも登場する。子供達がくれた、かんれきのプレゼントのペンダント。フォルテの顔とイニシャルのデザインで、中に、フォルテのほねの入っている特注品。今まで いっしょに行けなかったデパートもディズニーランドも いっしょだよ。

 そして、フォルテは、今も、私達の つらい時、なやんでいる時、病院の けんさ結果のわかる時、などに、きまって あらわれる。エンジェルズ・ラダーとなって。

 「あ、またフォルテだ!」

 「ボク、応えんしてるから大じょう夫。元気出してね。」って、エールを送ってくれる。

 うれしい時、楽しい時は、「ボクも いっしょ。」って言っているようで、心温かくなる。

 いつもフォルテに話していたから伝わっているよね。

 「ママは、犬は、フォルテだけだからね。大好きだよ。」

 ペットショップで かわいい犬を見かけることはあるけれど、やっぱり私には フォルテだけ。それに としを考えると、15年、かえる自信も無い。

 でも、むすめと息子は、いつか、せきにんを持って、かえるようになった時は、フォルテの弟か妹になる犬を、と思っているみたい。フォルテが あんまりかわいらしかったから、やっぱり、ミニチュアダックスフンドを、って。

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