先生の“その一言”で、変わる子供達
国語の時間の「本を読むの、上手ね。」・・・その一言がきっかけで小学校の先生(専攻は勿論国語)になった同僚がいました。
天海祐希さんは、幼稚園の時、「声が大きいね。」「演技が上手ね。」と言われたのがきっかけで、宝塚・女優をめざしたそうです。
小学1、2年生を受け持った子が高校を卒業して遊びに来た時、私は忘れていたのですが、「Nさんは、お母さんがそんなふうに優しいからNさんも優しいんだね。」と当時私が言ったことを覚えていました。授業で使う割りばし等を「忘れてきたお友達にあげるように」とお母さんに言われ、多めに持って来ていてくれたことを思い出しました。
髪の毛をカットした時というのは、よほどの変化がなければ、本人が気にしているほど周りの人は気づかないものです。親になって、小学1年生の息子が、ちょっとだけカットをして学校に行った時、友達は何も言わなかったそうなのですが(年頃の女子でもないので、そんな話題にもならないのでしょうが)、先生に「スッキリしたね。」と言われたと帰って来たことがありました。こんな小さな変化に気づいて下さる位、よく見て下さっているんだと、うれしくなり、親が先生ファンになりました。
小さなことは、日々あります。新しい教室に入った時には、背の順に並んで、机と椅子を割り当てます。よほどのことがないと一年間変わりません。机も何年も使っていると、穴を開けてあったり、傷があったり、いたずら書きがあったりします。同じサイズなら、少しでもいい物が欲しいのは誰でも一緒です。でも穴の開いた机は、ゆくゆく、いろいろな遊びに使えたりする人気の思い出深い机となったりします。机を決める際に、こんなエピソードを一言添えれば、残念な気持ちが薄らぐはずです。
子供達は、先生のエピソード・特技が大好き
子供達は、先生の体験談や失敗談を目を輝かせて聞き、授業よりずっと記憶に残ってたりするようです。
私は、小学2年生時、5、6人の同級生と下校途中、幼稚園児から石を投げられるのからみんなで走って逃げて、点検中で蓋の開いていたマンホールに私だけ落ちてしまったことがありました。振り向いた同級生が「おい、○○ちゃん消えた!」と言っているのが聞こえたの。と、ここまで話すと、クラスは大爆笑と「え~っ!」の声。
どうなったの、どうなったの、と聞いてきます。深さが2メートル位の浅めのマンホールだったことと、点検中で、ほとんど汚水が無かったこと、上手に?落ちたことが幸い。私が急に消えたことにびっくりした同級生がみんな集まり、マンホールの中で泣いていた私を見つけ、上から覗き込み、「待ってて! 誰か探して来る!」と言って走って行き、すぐに、近くで仕事をしていた下水道工事のおじさんを見つけてきてくれ、引き上げてもらったこと、また近所の同級生の家にも行ってくれ、そのお家のお母さんに足を洗ってもらった話をしました。後で、そのお家にお母さんとお礼に行ったことも。
子供達の反応は「やっぱり、先生は、おっちょこちょいだね。」が大多数で、ニマニマうれしそうでした。『マンホールに落ちたことのある先生』の話は、子供達からお家の方々にも伝わっていました。
後になって、話して良かった、と思いました。子供達だけしかいない状況で何か起きた時、そのままにせず、近くに助けを求めることが記憶の一部に残ってくれてたらといいなぁと思ったからです。
また、子供達は先生の特技も大好き。
ギターの弾ける先生。
手品のできる先生。
畔づくりの名人の先生。ご実家が農家でした。理科でジャガイモを植える時、一目瞭然のプロ級の腕前でした。
私自身、小学校の時、鉄棒で大車輪のできる体育会系の男の先生がピアノで『乙女の祈り』を弾いた時の衝撃は大きく、ものすごくステキに記憶に残り、男の子ができたらピアノを習わせたいと思い、息子は『乙女の祈り』でピアノを卒業しました。
少しくらい下手でもかまいません。先生の違った一面は、魅力的です。